ZIG ZAG WALK

おもしろきことは,よきことなり。

あれこれ考える前に,とりあえず会ってみたら? ~公務員と○○~

f:id:boubilog:20090720150404j:plain

まず最初に,僕の体験談について話しておこうと思います。

 

ちょうど3年ぐらい前でした。
僕は人と話をするのは苦手ではありません。むしろ好きな方です。
けれど,初めて会う,僕に対して「そういう」意思のある人と膝をつけ向かい合って話をするというのは,そんなに機会はないことですし,緊張することだと思います。
何から話そうか。
何から聞こうか。
前もって考えてみるものの,うまくまとまりません。
そもそも話は合うのか。
僕の話に引いたりしないか。
正直,自分より年齢が上の人とならうまくやれる自信はありましたが,下となるとどうも怪しい。
僕はリードするより,リードされるほうが性分に合うのです。
期待を裏切ったりしないか。
幻滅されたりしないか。
不安が募ります。
人生で初めてデートしたときの,待ち合わせ10分前のように。
そういう感じで,直前までどうしようか悩んでいました。
けれども僕は,勇気を振り絞って会うことにしたのです。

 

当日。

待ち合わせの部屋に入りました。
時間になるとコーディネーターの方がやってきて,話を始めます。
今日の主旨,流れ,注意事項・・・etc。
もらさずに聞きます。
後程会う相手に失礼のないようにしなければいけません。
僕はなんともないように装っていたものの,実際のところはすごく緊張していました。
やがて説明が終わり,その時がやってきます。
コーディネーターの合図のあと,僕の前に一人の女性がやってきました。

 

毛先にゆるくウエーブのかかった,セミロングの黒髪の女性。

若くて,笑顔がとても似合う人でした。
「よろしくお願いします」
軽く会釈をします。
会うのは初めて同士なので,お互い緊張しているようでした。
こういうときは,年上から自己紹介せねばならないでしょう。
「はじめまして。私は・・・」

 

何を話したか,はっきりとはもう覚えていません。

自分のことばかり話したらいけないとはわかっていましたが,たくさんのことを話しました。
もちろん,相手のこともしっかり聞いたはずです。
途中からは打ち解けて,やや馴れ馴れしくしたかもしれません。

知らないことを教えてもらったし,まだ知らないことも伝えられたと思います。
あっという間に時間はすぎていきました。
どうなるだろうと思っていたのが,嘘のように。
ぜんぜん喋り足りませんでした。話し足りませんでした。

 

「ありがとうございました」

そう言い残して,彼女は去っていきました。

 

空席を見つつ,ひと息つきます。

しかし,すぐさまコーディネーターが再び合図をします。
今度は・・・。

目の前には快活そうな,いまどき風の短髪の男性。
「よろしくお願いします」
軽く会釈をします。
こうして僕は,二人目の大学生に,自分の仕事について語り始めたのでした・・・。

 

大学生,特に3年生の方は,う~ん,と卒業後の進路に頭を悩ませている方もいると思います。
先輩に話を聞きに行ったり,企業のインターンシップに行ったり,自分で業界分析をしてみたり。。。

そんな中,公務員を目指す人,選択肢に残している人にはぜひ参加してほしいイベントがあるのです。

 

公務員と公務員について語るイベント,「公務員を語る。公務員と語る。」

 

あなたが大学3年生だったとして,「公務員」と聞いて何を想像するでしょうか。
まず,通常の就職活動とは別に,公務員試験のための勉強をしなければなりません。
それは,夏休みも忙しい3年生にとっては時間的に大変だと思います。
一方,よっぽど変なことをしなければクビにならない,業績にかかわらず給料もボーナスももらえる,決まった時間に帰られる,と巷では言われる職業です。
そう思うと,少しは(場合によってはかなり)魅力的にも思えるでしょう。

 

しかし,あなたは実態を知っているでしょうか。
もちろん,インターネットで調べればそれなりの情報は得られる時代です。
ステレオタイプにとらわれない,公務員という職業の裏表もある程度はわかるでしょう。
それに,もし先輩や親族に公務員の方がいれば,「ちょっと話を・・・」と聞かせてもらうことで,より生に近い情報を得ることができるかもしれません。
しかし,どれだけリアルな情報に触れることができるでしょうか。

 

この「公務員を語る。公務員と語る。」に参加してみれば,それらだけではなかなか得られない情報に触れることも,体験することも可能だと思います。
よりリアルな公務員が実感できると思います。
それは公務員を目指している方にとって良い刺激になるし,選択肢として残している方にも進路を選びなおすことがあったときに良い情報となるはずです。

 

ここまで推す理由。
それは,冒頭に3年前の体験談を書きましたが,当時の参加者の感想を聞いていると,良かった,ためになった,リアルな公務員を知ることができた,といった感想が多かったからです。
そして,私も楽しかったからです。
また,この公務員と語るイベントは福岡市が発祥だとされていますが,今では福岡だけでなくキャリア教育やリクルートとして全国各地で行われているのです。

 

大学生にとって,このイベントの具体的なメリットをあげてみると,年代・業務・役職も多種多様な公務員とテーマフリーでぶっちゃけトークができる(守秘義務に関することは答えられないですが。)ということでしょう。
具体的な仕事やキャリアのことも,勤務条件や福利厚生のことも,恋愛や家庭といったことも,趣味や課外活動といったことも,なんでも聞けます(そのはずです。)。
もちろん,公務員とは?地方公共団体の役目は?といったお硬いことも,聞けば答えた人なりの回答が得られるはずです。

 

特に地方自治体の職員の仕事は千差万別であり,異動は転職と言われるぐらいです。ある人の業務を聞いても,また別の人の業務を聞くと全く違ったりします。
そのあたりは,既存の資料や知りあいの公務員に聞いただけではわかりません。
加えて,全く初対面の相手だからこそ,率直に聞けて素直に答えられるものあるでしょう。

 

そして,何よりも大事だと思うのは「直接自分で話すこと」を通じた,「対話」にあります。
このイベントは,大学生だけでなく誰であっても参加可能ですが,「対話」の効果はすべての人にとってメリットです。
「百聞は一見に如かず」といいますが,「百見は一会に如かず」と言いたいところです。
文字情報だけでなく,身振りや手振り,口調や話し方も含めたコミュニケーション,リアルにあって直接話すことは,(相互の)理解にとって非常に有効であり,かつ重要なのです。
もちろん,モノやテーマによっては,知ってしまったが故に,感情的に心情的に言いづらくなって,本質的な話し合いができなくなることもあるかもしれません。
けれどそのデメリット以上に,昨今の,本来の論点からずれた,相手の人間的側面を顧みない不要かつ不毛な争いを防ぐことができます。

 

もし自身の未来の職業に,そうでなくとも社会ではどんなカタチであれ関わるであろう公務員というモノに,裏も表も含めた実態に触れておくことは,誰にとっても損はないと思います。

 

ここまで,大学生を含めた参加者側のメリットを書いてきましたが,公務員として参加する人にもメリットは充分にあります。
参加者の多くが,日頃の家庭や業務では会うことのない世代です。大学生でなくとも,普段公務員に囲まれて日々を送っている者にとっては違う価値観を味わうことができるのです。
もしかしたら「最近の若いものは・・・」と心の片隅で思っている人がいたとしたら,絶好の機会でしょう。
そして,せっかく参加してくれた方々に伝えようとする意識が働くためか,話すことで自分自身や仕事について,内省的に再認識することができます。それだけでも新しい発見があるかもしれません。

 

このように,参加する側ももてなす側もメリットばっかりのイベンドですが,開催日はお盆明けの8月18日金曜日の夜です。
時期的にも多忙な方も多いでしょう。
けれども,やっぱりまたとない貴重な機会でもあるのです。

 

事前の連絡も不要なので,ふらっと立ち寄るぐらいの感じでよいと思います。

 

公務員を目指す大学生も,
ちょっと気になるけど参加しようか迷っている大学生も,
ちょうどその日は何の予定もなかった職員も,
単に若い人と話をしてみたい職員も,
あれこれ考える前に,とりあえず会ってみませんか?

 

<イベントの詳細>
「公務員を語る。公務員と語る。」

日時:平成29年8月18日(金) 午後7時~(午後9時終了予定)
場所:福岡市職員研修センター405研修室(天神ツインビル4階)

facebook
https://www.facebook.com/events/241767593003093/

【私的福岡】「中島良」✕「入江信吾」の2人に教えてもらったこと。

 

f:id:boubilog:20170705211334j:plain

去る7月1日に福岡市総合図書館で催された,「映画監督 中島良の世界」に行ってきました。

そこでは中島良監督の作品が2つ上映され,また脚本家の入江信吾さんを交えたトークショーもある,またとない機会でした。

そこで私は,これからの映画や小説などのエンターテイメントにとって,必要なことを教えられたような気がしました。

 

映画でも,小説でも,漫画でも。それらを鑑賞することに人は何を求めているのでしょうか。

私自身もあらためて考えてみると,よくわかりません。

読まれているあなたはどうでしょう。

謎を解いていく楽しさ,ドキドキハラハラするスリル感,登場人物たちへ感情移入することによる癒やし・・・と,色々あると思います。

エンターテイメントという言葉が,人々を楽しませるという意味からすると,種類・テーマは問わず人々に対し何らかのプラスの感情をもたらしてくれるものなのでしょう。

 

それでは,数多あるもの中で,人々の心を捉えて離れないもの,多くの人の理解を得られるもの,何度も見たくなるものはどういったものでしょうか。

これまでにない世界観や,思いつきもしないようなトリック,惚れてしまうくらい魅力的なキャラクター・・・といったものでしょうか。

いや,私はこう思います。

 

「ストーリーには王道がある」

 

以前,天狼院書店のライティング講座を受講していた際,大塚英志さんの「ストーリーメーカー」という本の存在を教えてもらい,読んだことがありました。

その本では,過去の各地の物語には一定の法則性がある,ということを検証した研究が何例か紹介され,その考え方に沿って著者独自の創作のための物語論が展開されていくのですが,読んでからというもの,私はそのストーリ展開,物語の構造といったものを念頭において,映画にしろ小説にしろ嗜んでいくようになりました。

 

すると,見ていたり読んでいたりする際に,進行につっかかったりするものや,逆にするすると流れていくものがあることがわかりました。

もちろん,先ほど紹介した本の考え方を意識してなので,違うアプローチをしているものについて無意識的のうちに否定的に評価しただけなのかもしれません。

ただ,民話や神話といった何千年を越えた歴史の中で受け継がれてきたものに一定の法則があるということなので,これは個人的な感覚ではなく人類の一般的な感覚として,「傾向」があるのではないかと思います。

テーマが何であれ,描写の技巧に関係なく,人の理解がしやすく,感情にすっと入り,満足感が得られいつまでも記憶に残る。

それがストーリの王道の効果だと思うのです。

 

7月1日,私が見た映画「RISE UP」は,端的にいうと「空を翔ぶ青年と視覚障害者となった少女が織りなす青春ストーリー」です。

林遣都山下リオ(超カワイイ)という役者に,この二人がお互いの存在を契機に苦難を乗り越え成長していく様が,まさに青春ストーリーの王道をなしています。

(総合図書館なので映画館ではありませんが)映画館で見た映画は,数年というか10年単位で久しぶりでしたが,その青春ストーリーの鮮やかさにもう一回見たいと思いました。

決して山下リオが可愛いという理由だけではありません(いや,可愛いからそれだけでもう一回見てもいいや)。

 

そうはいっても,目の肥えた方でなくとも同じようなストーリーは飽きてしまうのだろうとも思います。

妻が最近の少女漫画が原作の映画は,同じようなものばかりと言っていました。

その真偽はともかくとして,表現という行為へのハードルが下がったいま,毎日プロ・アマ問わず星空の数ほどのストーリーが生まれては語られているのでしょう。もちろん,その中には,王道に沿ったストーリーも多く含まれていることでしょう。

その中で,一線をこえるものは何なのか。

 

今後の日本においてそれは,「地域という独自性」ではないかと思うのです。

中島良監督もトークショーの中で,今後は地域を活かした映画を取りたいと言っていました。

自分の知っている場所・モノというだけで,映画や小説にリアリティを感じるようになり,自分ごととして体感・共感できる部分が多くなって入り込めるのではないかと思うのです。

人間は何かしら興味なり親近感が湧きます。

自分のためのものであると思えてくるようになります。

そのうちなんか優越感を感じたり,贔屓目をしたりするようになります。

それが一周まわって自分の暮らす地域というものに愛着が増えるのではないかと思うのです。

 

一方,自分の暮らす地域以外を取り上げた映画や小説に対してはどうでしょう。

知らなかったとしても,それが自分の地域にはない魅力的なものであれば,行ってみたくなり,体験したくなると思います。

人間の「知りたい」という欲求は根源的なものです。

これだけ情報化された社会なので,自分の住んでいない地域のことも仮想空間に尋ねてみればあるていどの情報を得ることは可能ですが,実際に情報を取得しているかというとそうではないと思います。

私は福岡を中心に九州のことはなんとなくわかりますが,30代後半になっても関西以東は正直,県庁所在地はおろか各都県の位置関係ですらあやふやです。ましてや観光スポットと言われると皆無でしょうか。

 

「地域性」は一般化されたものよりも,独自性・特別感が出て外的にも内的にも差別化されるのです。

そして,量的にも距離的にも人間の把握範囲が限られることからすると,「地域性」というものは一人の通常の人間にとってみれば数多あるわけで,人によっては無限大に楽しめることになるのではないかと思います。

「映画を含むエンターテイメントはどんどん消費されるスピードが早くなっている。いつまでも残る映画を取りたい」と中島監督は言っていました。

今後は一定の土着的なファンを持つ地域を題材としたものが,多く出て来るのではないでしょうか。

 

ただし,問題があります。

「方言」は全国展開には向かないといったことを監督が言っていました。

だからなのか,映画「RISE UP」では不思議なことに,メインキャストは標準語仕様でしたが,エキストラの声は方言を喋っていたとのことでした。

独自性と標準化は背反します。

地域性を活かすと,一般性・普遍性が失われるのです。

それを克服するのが,もとに戻って,脚本の力でありそれを屋台骨として支える「ストーリーの王道」なんだと思います。

まとめると,「王道ストーリー(普遍的価値含む)✕ 地域 」であり,

映画「RISE UP」でいえば,「青春ストーリー(成長+絆)✕ 白山市(パラグライダーの聖地)」なのです。

 

長々と語ってきましたが,実はここからが本題です。

ここまで読んでいただいた,「福岡にゆかりのある」あなたにぜひオススメの映画があります。

 

「なつやすみの巨匠」

 

この映画は2年前,福岡中洲大洋劇場で異例のロングヒットランとなり,昨年は京都国際こども映画祭でグランプリをとった映画ですが,先ほどの方程式に照らせば,

「少年の青春ストーリー(成長,友情,家族,恋) ✕ 福岡(能古島,福岡県出身俳優)」

となります。

そしてこの映画は「RISE UP」に引き続き中島良✕入江信吾の2回目のタッグになるのです。

中島監督も,「RISE UP」でできなかったことを夏休みの巨匠にぶっこんだと言っていました。

これだけで見たくなりませんか。

 

くわえて耳寄りな情報として,「なつやすみの巨匠」が福岡市総合図書館の「シネラ」で上映されるのです。

普通,映画館を見ると1800円ぐらいすると思います。

ところがどっこい,シネラで見ると高くても600円なのです。

さらにさらに,7月23日(日)はお2人の講演つきです。

そして,7月1日のときは上演前・後に2人ともロビーにいらして,気さくに話しかけたりサインもらったり一緒に写真取ってもらったりすることができました。もしかしたら今回もいけるかもしれません(実際に可能かどうかは責任とれません。)。

 

上映スケジュールは以下に掲載されています。

http://www.cinela.com/schedule/index2.html

 

夏休みにでも,ぜひ見られることをおすすめします。

 

P.S.

どうしても仕事や家庭の都合上,シネラに行って見られな方がいると思います。

でも大丈夫。

なんと,来週の7月19日に「なつやすみの巨匠」のDVDが発売されるのです。

アマゾンでも予約可能ですので,「えいポチッ」もありかもしれまんよ。

【延岡妄想日記】春霞の先に

そこにあるはずの志賀島が,なかった。

 

今宿インターから都市高速環状線外回りに入る。

流れる車の列は橋桁の奥に吸い込まれるように百道浜に向かって下っていき,またすぐに登り始める。

右手には福岡タワーが空に突き出るようそびえ立つ。

左手には海原の向こうに志賀島と続く海の中道が見える・・・はずが,今シーズン初の黄砂に,霞んでいるというより,影も形もなかった。

 

「黄砂ってこんなひどいんやなあ」

「この時期は仕方ないよ。洗車するだけ無駄だ」

黄砂を全身に身にまとったみすぼらしいコバルトブルーパールの車は,大阪から来た友人を送るため福岡空港へと向かっていた。

「関西でも黄砂はあるときはあるけど,ここまでひどうないで」

車は荒津大橋の頂上まで登り,すぐに眼下に広がる天神の街へと突き進んでいく。

「関西か。九州から出たことないからどんなとこかわかんないな」

「夏にでも来いや。色々連れてったるで」

マリンメッセの横には大型のクルーズ船が停泊していた。近くで見れば巨大なビルのようにも見えるだろう。

大阪も東京も,あんなビルばっかりなのだろうか。

そう思う時点で,福岡に出てきたとはいえ田舎者だなあとつくづく思う。

千鳥橋ジャンクションを右にぐいっと曲がり,すぐに左レーンへと進入する。

都市高速を通って博多駅方面にはあまり来ないため,気をつけないととんでもない罠にかかってしまう。

右レーンを走っていると,いつの間にか博多駅東で降りるレーンに変わってしまうのだ。

右に左に,遮音板に囲まれたレールを進んでいく。

 

「そういや,引き出物頼んだ?」

大阪の友人が手をシートの後ろで組みながら聞いてきた。

「うんや。カタログどこいったかわからんくなった」

「はよ頼まんと,催促のはがきかなんか来るらしいで」

「そうなん? なら探さんといけんね」

遮音板の向こうに着陸する飛行機の姿が見えたかと思うと,視界が開けた。

といっても黄砂が風景を遮蔽して,ちょっとした先も霞んで見える。

「もう2ヶ月たつんやな」

友人のつぶやきを心の中で反芻していた。

もう2ヶ月立つのか。

随分昔のようにも思える。

延岡での友人同士の結婚式に参列した日のことを。

 

「早いなあ」

「うん」

大阪の友人が顔を向けてきた。

「ちゃうで」

「何が?」

「結婚のことや」

都市高速の出口が見えてきた。アクセルを緩め,そっとブレーキに足を載せかえる。

慣性の法則に徐々に抗い,車のスピードも流れる風景もゆったりとしてきた。

「働き始めて5年で結婚とか,今のご時世なら早いんちゃうか」

「そうやろうね」

「俺はとても無理やな」

「なんで?」

「なんでって,まだ遊びたいし。だいたい家庭を持つとか,他人の人生に責任を持つとか自信ない」

「へー。そうなんだ。自信ないとか全然見えん」

「仕事もまだまだやし。なんかなあ,色々この先どうなるんかなあという不安あるけどなあ。お前はそんなんないん?」

「僕は・・・」

返事をしようとしたところで,轟音とともに目の前をまさに着陸しようする飛行機が通過していった。

 

 

「ほんま,ありがとな。地下鉄でよかったのにわざわざ送ってくれて」

「ええよ。途中駅で下ろすほうがめんどかったし」

ロビーの上に掲げてある表示板を見つめる。そろそろ時間のようだ。

「さて,そろそろ行くわ」

「ああ。また来てくれよ」

「そうやなあ,次は実家帰るときかなあ。8月くらい?」

「時期が合えば,一緒に乗せて帰るよ」

「ほんま? 助かるわ」

搭乗開始を告げるアナウンスが流れた。

「じゃあね」

「また連絡するわ」

大阪の友人は手を振ると,保安検査所へと向かっていった。

 

さて,帰るか。

頭上の時計を見たところ,4時を過ぎたところだった。

出口の方に向かおうとして,自分を呼ぶ声に気づいた。

振り向くと,大阪の友人が検査所の前で手招きしていた。

「ごめん,忘れとった」

大阪の友人は大きめの黒い布製のかばんから何か包みを取り出した。

「はい,大阪土産」

渡された箱の表紙には「面白い恋人」と書かれてあった。

「どや,おもろいやろ」

「はあ? なんで今渡すん?」

「いや,どこになおしたかわからんくなってもうてて。キャリーバッグの中探したけど全然見当たらへんかったと思ったら,こっちのかばんにあったわ。すまんすまん」 

全く悪びれた様子もなく謝ってきた。

「あ,そうそう」

「まだなんかあるん?」

右手をかばんの中に入れて,ごそごそと目当てのものを探しているようだ。

「・・・・・・ちょっと待ってな・・・・・・。あ,あった」

そう言って,かばんからまた何かを取り出した。

「これ」

渡された箱の表紙には,先程のものと同じく「面白い恋人」と書かれてあった。

「は?」

「ごめん,渡しとって」

「誰によ?」

「そりゃ決まっとるやん」

 

大阪の友人は,僕の左肩をポンと叩いた。

その表情はやけにニヤついていた。

この表情はどこかで見たような・・・・・・。

 

「黒髪さんによろしく」

「な・・・・・・!」

大阪の友人の一言で,遠い日のように感じていたあの日の記憶が一気に蘇ってきた。

「同じ福岡に住んでるんやから,すぐに会えるやろ」

「そうやけど・・・・・・」

「そうや。次来るときは,3人で延岡帰ろうか」

「・・・・・・」

「いや,やっぱ邪魔しちゃ悪いかな。って,もう時間や。ほなな〜」

「あ,ちょっと待てよ!」

大阪の友人はそそくさと保安検査所の中へ逃げ込んでいった。

唖然とする僕の両手に,2つの同じお土産を残して。

 

 

国内線ターミナル横の駐車場に停めていた車に乗り込み,エンジンをかける。

シフトレバーに左手をかけたところで,ポケットのスマホが鳴った。

取り出して相手を確認する。

「あ」

自分以外誰もいない車内に,驚きの声が響いた。

しばらく画面を凝視した後,右手の人差し指をスライドさせる。

「・・・・・・もしもし」

「もしもし。久しぶり」

確かに,声を聞いたのは2ヶ月ぶりだ。

が,思い出した記憶のせいで,僕にとっては久しぶりの感じが全くなかった。

「今何してるの?」

「・・・・・・空港」

「空港? 珍しいね」

僕は「黒髪」に,ここ2日間大阪の友人が仕事がてら遊びに来ていたことを話した。

「で,私は誘ってくれなかったわけ?」

「あいつが来る日になって連絡してきたから。急やったし」

「ふうん」

怒気を含んでいるような気もしたが,いつもこうサバサバとしているからそうでもないかもしれない。

 

「それで? 何の用事?」

「何の用事って,用事があるから電話してるのよ」

そりゃそうだろう。

それにしても,なんでこんなにつっかかかってくるんだろう。

普通に話せばいいのに。

電話の先の表情を思い浮かべてみる。

ストンと流れ落ちる黒髪に,凛とした冷静沈着な眼差し。

そんな彼女が見せた,あの表情・・・。

「ちょっと,聞いてるの?」

「あ,ごめん」

「だから,実家から『ひでじビール』が大量に送られてきたから,今日飲まない?」

「え?」

「どうせ今送ったところだろうし,このあと予定ないでしょ?」

「そうだけど,どこで飲むの?」

「今から車で戻るんでしょ? そっちでどう?」

「いいけど,うちの場所わかんの?」

「わからないからLINEで送って。つまみも適当に持っていくから」

 

車は来たときとは逆向きに荒津大橋を登っていた。

下道で帰ろうと思っていたが,彼女が来る時間を考えるとそんな余裕はなかった。

視線を博多湾に投げてみる。

あいかわらず海の先はぼやっとした白色に包まれ,カタチあるものは何も見えない。

急に,向こうから連絡してくるなんて。

正直いって,よくわからなかった。

 

2ヶ月前のあの日あのやりとりの後,結婚披露宴で僕と彼女は隣同士の席になった。

大阪の友人が直前に僕と彼女にやった質問のせいで,ひどく緊張していた。

何を,どう話したらいいのか,わからなかった。

あのとき彼女が一瞬みせた表情は,僕にひどい勘違いがないとすれば,僕にほんのミジンコくらいかもしれないが,「気がある」というものだったはずだ。

これまでモテたことなどない僕の自意識過剰かもしれない。

でも,もし全く気がないのなら,いやほんの少しくらいの気持ちであったなら,大阪の友人に対し彼女なら鼻で笑って一蹴していたはずだ。

しかし,違った。

まさか,何かの間違いにしても僕に対して気があるかもしれないとは。

僕の方は,そのときまで全く,本当に全く彼女のことを意識したことはなかった。

その日まで,かなわないにせよ新婦に向けられていたのだから。

彼女は5人の仲良い友達の1人だった。

けれど,今になって思えば,あの中で一番遠慮なく話ができたのは彼女だった。

ふたりとも,どちらかといえば一歩引いているような人間であり,雰囲気も表よりは裏が似合いそうな人間であり,服装も似たように地味だった。

単に似ている者同士,話しやすかっただけなのかもしれない。

しかし,それまで見たことなかった表情を見てからは,急に,一瞬にして,彼女の身振り素振りが気になりだした。

漆黒の髪に,引き込まれるように。

白くて細い指先に,からめとられるように。

首元の月のペンダントに,夏の夜の明かりに群がる昆虫たちのように。

だから,その日は実家に帰るまでひどく緊張していた。

けれど,披露宴の席で,二次会の席で,彼女と会話をすることはなかった。

 

次の日になれば酔いも覚め,あの時のことは何かの間違いだったのだと思った。遊びの中の思わぬ偶然の一致に少し照れただけなのだと思った。

だから,福岡に戻ってからはいつのまにか忘れてしまっていたし,福岡に引っ越したという彼女にも特段連絡することはなかった。

半年後か1年後,5人で再会したときにでも,これまでと同じように話くらいはするのかと思っていた。

しかし,この後二人だけで会うときに,僕はどんな表情をすればいいのか,いや,今までどんな表情をしていたのかもわからなくなっていた。

 

車は降りるはずの愛宕インターを,いつの間にか通り過ぎてしまっていた。

 

 

約束の5時過ぎに,インターホンが鳴った。

ぼやけたインターホン越しの彼女と思しきシルエットを画面に捉え,オートロックの解除ボタンを押した。

しばらくして再び呼び出しの音。

「やあ」

「久しぶり」

開けた扉の先に,彼女はいた。

黒色のゆったりとした七分袖のカットソーに,直線的な七分丈のスカート。真っ黒のパンプス。

2ヶ月前に会ったときと同様,全身黒づくめだった。

外の明るい景色がかき消される。5月の陽気な天気には似合いそうもない。

 

狭く短い廊下に招き入れる。

そういえば,女性を部屋に入れたのは初めてだった。

彼女は両手に持った荷物をリビングのテーブルにどんと置くと,奥の窓から見える景色を眺めていた。

「いい見晴らしね。今日は全くだめだけど」

「夏は,目の前で花火大会もあるんだ」

「そうなの?」

「うん。ところで,自分はいつ福岡に引っ越してきたん? 聞いてなかった」

「去年の秋かな」

「まだ1年立ってないんだ。少しは慣れた?」

「・・・・・・まあね」

少し間を置いて返事があった。

彼女が振り返る。

踊る銀色をした月のペンダント。

「そうそう。実家からたくさん送ってきたの。とても1人で飲み切れそうにないから」

彼女がテーブルの上の保冷バッグを開けてみせると,中から小瓶が10本近く出てきた。

「こんなに?」

「これでもまだ一部。2ヶ月前の結婚式のときに飲んだビールが美味しくて,実家で話してたら,わざわざ送ってくれたの。どうみてもやりすぎの量だけど」

「瓶を見てたら飲みたくなってた」

「そうね。早速はじめましょう」

僕はキッチンの方へと向かった。

2ヶ月ぶりの再会だったが,緊張することもなく,今までと同様に自然な会話ができていたように思う。

彼女の方も,いつもの感じだった。

そのことが逆に,僕の気をほんの少しだけ沈めた。

 

キッチンの上の棚からグラスを2つ,引き出しからソーサーを2つと栓抜きを1つ,食器棚から小皿を2つ取り出す。

リビングに戻ると,床のクッションに座った彼女が小瓶を2つテーブルの上に用意して,あたりを見回していた。

「何?」

グラスを渡しながら聞いてみる。

「思いのほか片付いてるなと思って。だってほら,大貫町の太陽の家に初めて行ったとき,すごく汚かったじゃない」

太陽とは,2ヶ月前に参加した結婚式の新郎のことだ。

「男の人の家って,どこもあんな感じと思ってた」

「あいつちょうど落ち込んでた時期だったから,片付けるのも手につかなかったんじゃない?」

実際はいつ行っても散らかしっぱなしの家だったのだが,なんとなく真実は伏せておいた。

「ふーん。そんなもんなんだ」

僕もクッションに座る。彼女とは向かい合わせになる形になった。

「それにしても,暗い部屋ね」

あらためて部屋を見渡せば,カーテンはグレー,テーブルは黒を基調としたモノトーン,テレビ台一式はブラック。小さめのソファは黒の革張りで,窓際のラックはエボニー調だ。ついでに今座っているクッションもグレーと黒のチェック。

「落ち着いた色と言ってほしいな」

「黒ばっかり」

「自分だってそうだろ」

「何言ってんのよ。私の部屋来たことないでしょ」

「そうだけど,服装見てたらわかるよ」

「服装はね。でも,住んでいるところは違うかもしれない」

「なんで?」

「人に見られたいイメージと,自分が見たいイメージは違うんじゃないかな」

「服は人の目線を意識してるということ? 考えたことなかったな」

自分の服を眺める。グレーのジーンズに黒シャツだった。

今さらながら,彼女の服装のことを季節に合わないなんて言えたもんじゃない。

「アンタはそうかもね」

「僕の何がわかるんだ」

「とにかく,外に現れていることだけが全てではないってこと。さ,早く開けちゃいましょう」

不満げな僕をよそに,彼女は栓抜きを手に取った。

「はいどうぞ」

「は? 僕が開けんの?」

「え? ゲストは私よ。それにビールもおつまみも私が用意したのよ。ついでくれたっていいじゃない」

「そうですね」

もはや僕達は5人で過ごした大学時代,離れ離れになって半年に1回再会したとき同じ感じに戻っていた。

残念ながら結局のところ,僕の勘違いだったのかもしれない。

そうなら,いつものようにすることにした。

今日は,いつもように仲のいい親友とビールを楽しむことにした。

 

彼女から栓抜きを受け取り瓶の口に引っ掛ける。瓶を支える手のひらは思いのほかひんやりとした。

少し力をこめただけで,王冠はテーブルの上に転がった。

両手で傾けた彼女のグラスにビールを注ぎ込む。口から流れ出す瓶ビール独特のトクトクトク・・・・・・といった音が,ビールの味と期待を増加させる。

グラスの天井を泡が塞いだところで自分のグラスに注ごうとすると,彼女の白く細い指が瓶を奪った。

「場所と時間を貸してくれたお礼」

無言でグラスを差し出す。彼女のほうが注ぐのがうまかった。

「じゃ,乾杯」

カン。

乾いた音に続いて彼女はそそくさとグラスを口元に近づけ,そのまま流し込む。

「これ美味しい」

僕は手に持ったグラスをしばらく眺めていた。

「飲まないの?」

「いや,普通のビールと比べて,かなり濁ってるなと思って」

グラスの中の色は,一般的なビールのように鮮やかな色をしているわけでもなく,かといって黒ビールのように闇のような黒色でもなく,白ビールのように春を思わせる爽やかな色をつけているわけでもなく,かすみがかかったように濁っていた。

彼女と同じように,口元に近づけ,味わうように一口含み,喉奥へと飲み込んだ。

目をつむってみる。さわやかな初夏を思わせるビールの味に混ざって,ほんのりと感じる雑味。

すっきりとした喉越しに,一瞬にして過ぎ去っていく酸味。

それらは反発するでもなく,かといって完全に融合するわけでもなく,おしゃれな服のワンポイントの刺繍のように整った形で,一段上の味を醸し出していた。

「うん。美味しい」

目を閉じたまま僕は呟いた。

「きんかんが入ってるんだって」

瓶を包むビニール製の包装に添えてあった解説を見たのだろう,そう彼女は言った。

 

「・・・・・・か」

「え,なに?」

目を開けると,彼女が空になったグラスを手にして尋ねてきた。

「ん?」

僕は保冷バッグから瓶ビールを取り出し,栓を開け,彼女のグラスに注ぎ込む。

「いや,今なんか言わなかった?」

「なんか言ったかな」

「そう。ならいいわ」

僕のグラスが空になると,今度は彼女が注いでくれた。

 

そうやってお互いグラスを空にしては相手のグラスに注ぎあっているうちに,机の上には空の瓶が増えていった。

「はー」

つぶやきながら彼女が体の後ろに両手をついた頃には,空の瓶は6本になっていた。

会話もさほどなく黙々と飲んでいたためか,まだ1時間しかたっていなかった。

窓の外に視線をやっても,暗闇はまだ見えない。

「美味しくて,一気に飲んじゃった」

「うん。全然飽きない。まだ飲めそう」

「待ってよ。残り少ないからゆっくり飲みましょ。つまみだってあるし」

つまみすら手をつけず,二人してひたすらビールを飲んでいた。

コンビニのマークの付いたビニール袋からは,スナック菓子やチョコレート,せんべいにチーズ,サラミにさきいかと,あらゆるつまみが出てきた。

「これ食べたい」

「懐かしいでしょ」

赤い袋を裂き,甘ダレのついた薄っぺらい「蒲焼き」を噛みしめる。

「うん。懐かしい。全然『蒲焼き』食べた気がしない」

「アンタ,太陽の家で飲むときはそればっかり食べてたからね」

「あの頃はほんとお金なかったから」

大酒を飲み酔いつぶれる家主。ひたすらしゃべり続ける友人。笑顔をふりまきながらうなずく女性。ビール片手に淡々と冷静に突っ込む彼女。そして,飲んでは食べ続ける僕。

たった5年かそこら前のことなのに,大学で過ごした4年間がひどく懐かしい感じがした。

「覚えてる?」

彼女の方に目をやると,7本目の瓶ビールを自分でグラスに注ぎ込んでいた。

「みんなで阿蘇に行ったときのこと」

「・・・・・・うん。それこそ始まりは,太陽の家ではじめて飲んだときじゃなかったっけ?」

空のグラスを差し出すと,なみなみと注いでくれた。

「そうそう。あいつが失恋してみんなで慰めてたら,突然『阿蘇行こう! 阿蘇行こう!』って。それで行ったのよね」

片肘を机につき手のひらに頬を載せる彼女の横顔が,ほんのり赤くなっているのが目に入った。大学時代,毎日酒を飲んでいた彼女にしては珍しいように感じた。

「日取りも,途中に寄る場所も,泊まる場所も決まって行く一週間前になって,『俺そんな話したっけ?』と言ったときは,ほんとうに殴ろうかと思ったよ」

酔いが回ってきたのかぼんやりとしてきた。

彼女と同じように片肘を机について顔を支え,もう片方の手でビールをあおる。

「酔ったときに言ったことだから覚えてないってのには,さすがの夏も呆れてたね」

「そりゃ呆れるよ。確か,家族旅行をやめて阿蘇に行くことになったんだから」

ドラマのようにわざとらしく両腕を腰にやって,太陽に向かって不満をいう夏が思い浮かんだ。

それから太陽と夏が結婚して子どもまで生まれようとしてるんだから,人生どうなるかなんてわからない。

僕は彼女の方を見た。

僕の場合にしても,まさか福岡の自宅で彼女と二人きりで飲むとは思わなかった。

ただ,仲のいい友達として飲むだけなのだが。

彼女は8本目のビールに手をかけようとしていた。黒い袖口から延びる真冬の雪のように白い腕は瓶を優しくからめとり,もう片方の腕の白い指先が瓶の口をなでたかと思うと,パチンと瓶の口が花開いた。

「それでね。言いたかったのは,夜のこと」

「ああ,夏が誤って花火の袋に引火したやつ?」

「はは。そんなのもあったね」

開いた瓶を手に取り,彼女のグラスに注いだ。

彼女も酔いが早く回ってきたのだろう。いつもなら見られない種類の笑顔が出ていた。普段は笑っても声と口だけで目はおろか眉も動かさないような感じなのに,昔の思い出に浸るその赤みがかった顔は,赤ん坊をあやす母親の笑顔を返されたときの喜びにも似ていた。

こんな表情するんだ。

「あれもひどかったよ。よりにもよってロケット花火の束に引火して,みんな必死で逃げたもんな」

「そしたら・・・ふふ」

これまでも,酔っ払って笑う姿を何度か見たことはあったが,破顔した彼女を見るのは初めてかもしれなかった。

「はは・・・・・太陽の頭に当たって・・・はは・・・丸くハゲたんよね〜ははは」

確か,突然の戦争が終わり元の場所に戻ってみると,みんなから遅れて頭を押さえた太陽がやってきたのだ。

「『大丈夫』って,夏が申し訳なさそうに太陽の後頭部を見た途端,急に笑いだして」

「『何?』って私も見たら,ミステリーサークルができてたんよね」

「失恋旅行のはずが,さらに追い打ちかけたもんな」

「週明けて大学であったときは,坊主になってたし・・・ん? なに?」

ほころんだ彼女の顔に見とれていたので,目線が合ってしまった。

艶のある漆黒の髪に覆われた端正な顔は,いつもは暗闇に溶け込む黒猫のように容易に人を寄せつけない表情をしていたが,目の前のそれは警戒心を解いてごろにゃんと飼い主に甘えるように,目をゆったとりして柔らかく微笑んでいた。

 

ドクン,と心臓の音。

 

「・・・ううん」 

そう言って,瓶ビールを自分のグラスに注ぐ。机の上の空のビール瓶は8本になっていた。

「・・・そうじゃなくて,夜空のこと」

彼女は両腕を枕にして頭を横に置いた。するすると透きとおるような黒髪が,机の上になめらかにすべって広がる。

なんだか指で触れたくなった。

いけない。

僕は足を伸ばして両腕を後ろに付き,天井を見上げる。白い天井に丸い照明が1つ,部屋の中を薄く照らしていた。

目を閉じると暗闇の先に声が聞こえてきて,いつかの記憶がスクリーンにおぼろげに映し出されてたかと思うと,僕は吸い込まれていった。

 

吐き出された先も,暗闇だった。

あの日,バーベキューを片付けてシャワーを浴びた後,すっかり日が暮れたコテージの外に出てみると,暗闇の空のいたるところに光が輝いていた。

雲ひとつ見当たらない夜空を覆い尽くすような星々は,真上から地上すれすれまで均一に散らばっていた。

けれど,ひとつひとつの明るさはまちまちで弱々しいものもあれば,はっきりと見えるものもあった。

僕らはコテージの入口の前にある木の囲いによっかかり,思い思いに見上げていた。

「うわあ・・・・・・すごい」

夏の,心の底から感嘆するような声が聴こえる。

「こんなにも星ってあるんやな。街では全然気づかんかった」

太陽が左手で後頭部を押さえながら見上げてつぶやいた。

その肩を,就職して大阪に移り住み,似非大阪弁に染まってしまう前の友人がぽんっと叩く。

「見ろよ。気づかないだけで,世の中にはお前の知らない数多の女性がいるってこと。何も悲観することはないのだ」

「そうか。そうだよな。あの中にも俺の運命の人がまだいるってことだよな」

「そうそう。チャンスはまた降ってくるってことだ。今度は逃がさないように掴んどくんだな」

太陽は,大阪の友人と右腕で肩を組んで,今まで後頭部を押さえていた左腕を,届きそうもない夜空に向かって意味もなく突き上げていた。

その向こうには苦笑する夏の顔。二人の姿に呆れているようでいて,なぜだか知らないがどこかほっとしているような笑みだった。

 

「こんなに賑やかな夜空は見たことないかも」

僕の隣でつぶやいていたのは・・・・・・彼女だった。

「うん。たくさんの星を一度に見たのは,初めてかもしれない」

延岡の自宅のベランダから見る夜空はどんなに晴れていても,両手で足りるほどの明かりしか見つけることができなかった。それが眼前では,所狭しとひしめき合っている。

「でも,あの星々は実際にはお互いとんでもなく遠いところにいるんだから,寂しいかもしれないな」

彼女が振り向いた。半乾きの黒髪が離れまいと白い頬にくっついている。

「面白いこと言うのね」

僕は囲いに両腕を置き頭を乗せた。

「それに,今僕らが見ている光は,何光年も先からやってきてるだろうから,ずっと何年も何十年も,いやもっと前に放たれた光かもしれない。ひょっとしたらもうあの光を出している星々は,今この瞬間には存在していないのかもね」

「私達こうやって満開の星空を見て騒いでいるけれど,実は何もない暗闇を見てる可能性があるってこと?」

「そう」

夜風がそっと吹いて,落ち着いた黒髪をわずかに動かす。

「なんだか悲しいね」

つぶやくように彼女は弱々しく言った。

「せっかくの雰囲気,壊した?」

「いや,言ってることはわかる。でも・・・・・」

彼女はふうとため息をつき,きらめき続ける空へと視線を移す。

「せめてあの星々の目には,同じ夜空が広がっていてほしいな」

何かを期待するような,でも少し物憂げに微笑む彼女を,僕はしばらく見つめていた。

 

 

気づけば当たり一面真っ白になっていた。そして真ん中に白くひときわ輝く光。

何度かまばたきしてみると,見慣れた光景であることにようやく気づく。

いつの間にか寝てしまっていたようだ。

寝転んだまま頭をずらして壁にかけてある四角の時計を見る。9時を随分と回っていた。

起き上がってみると,テーブルの向こう側で彼女がすっかり暗くなった窓の外をぽつんと座って眺めていた。

暗闇ににぽつりと,ぼんやりと半分に欠けた月が見えた。

彼女が振り向く。

「ごめん。ちょっと寝てた」

「私を放って3時間近く寝てて,ちょっととはなによ」

「自分も寝てたんじゃないの?」

「ちょっと,うとうとしただけよ」

僕は彼女の頬に腕の跡を見つけたのを逃さなかった。

「その顔についている跡は?」

「え・・・・・・。しらない」

彼女はまた窓の方に顔を向けてしまった。

ずいぶんと寝たせいか,頭ははっきりとしてきた。すっと立ち上がり,キッチンの上の棚から新しいグラスを2つと,冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出した。

リビングに戻ってくると,彼女も立ち上がっていてベランダへと続く窓へ色白の手をかけていた。

僕は元いた場所に座って2つのグラスに緑茶をつぎ,1つを手に取り一気に飲み干した。

「窓,開けていい?」

「いいよ」

開け放たれた窓からは,心地よい海風が流れ込んできた。

窓際のカーテンとともに,艶のある黒髪がさらさらとそよいでいる。

「福岡タワーもこんな近くに見えるのね」

僕のところからは見えないが,彼女の目には真っ暗な夜空に先端とちょっと下が淡白く光っているタワーが見えているだろう。

 

「で,さっきの話だけど」

「さっきの話?」

阿蘇で見た夜空のこと」

「ああ,満天のきれな星空だったね」

しばらく月を眺めていたかと思うと,ふうと彼女はため息をついたように見えた。

「福岡じゃ全然見えないね。地上はこんなに明るいのに」

「深夜でも真っ暗になることないから」

カーテンがパタパタとはためいて音を立てる。

「・・・月一つ。孤独ね」

僕は体勢を変えて座りなおした。

「そういえばあのとき,夜空の星々は実際にはずっと遠く離れてるって言ったよね?」

彼女は夜空に向いたまま言葉を続ける。

「離れてても,まだ見えてたらいいのにね。見えないのは,孤独で・・・・・・」

さっきまでの声とは異なり,吹き込んでくる風にそのまま流されてどこかに行ってしまうような,弱々しい声だった。

そこで,ようやく気づいた。

彼女は生まれてからずっと過ごしてた地元を離れ,昨年の秋に福岡に来たばかりだった。

福岡には何度か遊びに来たことはあっただろうが,友人も家族もいない,仕事も生活も何もかもが一からのスタートだったはずだ。

彼女は一人で,寂しかったのではないか?

今日僕の家に来たのは,2ヶ月前の結婚式で見せた関係の続きではなく,単に気の置けない友人に会いたかったからではないのか?

必要ないのに,心のなかでがっかりする気持ちと寄り添ってあげたい気持ちが交錯する。

 

「そうかな」

僕は背筋を伸ばし姿勢を整えて,後ろ姿に声をかけた。

「確かに見えてないかもしれない。遠く離れてるかもしれない・・・・・・でも,繋がってるんだ」

彼女が振り向いた。背後の夜空と同化しそうな胸元に,ちいさな月が揺れていた。

「僕らみたいにさ。別に今目の前にいなくったって,また皆で会えるだろ?」

「・・・・・・」

いつもの鋭い目が,ほんの少しだけ柔らかく滲んでいるような気がした。

「あのとき皆と見た星空を覚えてるんだろ? 僕にも今もちゃんと記憶に残ってるよ。あの頃の楽しかったときのことを思い出せるなら,一人じゃないんだ」

彼女は立ったまま,僕の方を見つめていたままだった。

「僕だって,福岡で生活をはじめたときは,わりと寂しかったさ」

「・・・・・・アンタでも?」

「うん。でも,どうせ半年後に会えると思ったら,やっていけたよ」

僕は視線を落とした。空の瓶ビールのラベルが目に入った。

ああそうか。

瓶ビールを手にとって持ち上げ,ふりふり振りながら彼女の方へラベルを向けた。

「思い出と感謝」

「・・・え?」

きょとんとする顔。

「きんかんの花言葉だよ。飲む前に言おうとしたのはこの言葉だったんだ」

「そうなの? よく知ってるね」

そういえばなぜ知っているのか,そしてなぜ無意識に浮かんできたのか,不思議だった。

僕は瓶を逆さにしてビールグラスに傾けた。

23滴落ちただけだった。

「・・・・・思い出,飲み干しちゃったね」

口元が少しゆるむ。彼女が微笑んでいるように見えた。

その表情を見て,安堵や懐かしさとともに,じわりと胸の奥がやけるような熱さを感じる。

もしかしたら僕は・・・・・・。

 

「そろそろ,帰るね」

彼女の視線の先にある壁の時計をみると,10時を回っていた。

「そうだね。明日仕事やし。自分は?」

「もちろん」

窓を閉め,彼女が戻ってきた。

「御手洗,借りるね」

そういって机の横を通り抜けようとしたとき,彼女の足に何かが,ちょうどよく何かが,当たったというか,引っかかった。

「あ」

声を出すより衝撃が早かった。

どすん。

 

気づいたら,目の前が真っ暗だった。

いや,真っ暗なのは周りだけで,僕の目のほんと先,人差し指の長さもいらない距離に,彼女の目があった。

鼻という2つの丘がひっくり返って今にもぶつかりそうだった。

ほんのりと生温かい吐息,やんわりと頬を撫でる髪,そしてとろけてしまいそうなほのかな花の香りを感じ,触れ,包み込まれた。

聞こえるはずのない鼓動がお互いに聞こえ,見えるはずのない想いがお互いに流れていったき気がした。

一瞬の出来事だった。

でも,よくよくあとで考えると,決して自惚れているわけはないが,それは条件反射的には終わらず,数秒,いや少なくとも56秒,存在を意識的に維持しようとした空間だったと思う。

彼女は体を起こし立ち上がった。

立ち上がった瞬間,まだ開けていない瓶ビールがころんと転がった。

謝罪も困惑も嫌悪もなかった。

無言だった。

彼女は持ってきたバッグを手に取り,そのまま玄関の方へと向かっていった。

僕も遅れて立ち上がり,玄関へと向かう。

彼女はうつむいたまま靴を履いている。

「駅まで送ろうか」

「いい」

「本当に?」

「いい。大丈夫」

「まだビールが2本残ってるよ」

「いい。あげる」

そう言ってドアノブに手をかけ,止めた。

「ありがとう」

「うん。こっちこそ」

彼女がほんの少しだけ斜め振り返った。

「・・・・・・また来ていい?」

忘れもしない,2ヶ月前のあの日の赤らめた顔が,そこにあった。

「もちろん」

 

ドアの向こうの靴音がなくなった後も,僕はしばらくドアを見つめていた。

そしてふと思い出し,窓際のラックに置いてある箱を手に取った。

「・・・・・・面白い,恋人か」

渡しそびれてしまった。

でも,また近いうちに会えるんだよな?

仲のいい友人として?

ドクン,と心臓の音。

 

残していったおつまみや空き瓶,グラスを片付け,床に転がっていたビール瓶を取り上げる。

「春霞ヴァイツェン」と印字されたビール。

机を拭きながら窓の方を見上げると,月はまだそこにあった。

拭くのを途中でやめて,窓を開けベランダに出る。

月はまだぼんやりとしていた。

明日の黄砂は大丈夫だろうか。

彼女が言うように,ここでは夜空に輝くのは月ぐらいだ。

目を閉じると記憶にははっきりと浮かぶ。

胸元の小さな月。

霞む先はまだ見えない。わからない。

「同じ夜空が広がっていてほしいな」

彼女の声と髪が触れた頬を,そっとなでた。

 

f:id:boubilog:20170617192813j:plain

<続く>

【私的福岡】君は中島良を知っているか?

 

f:id:boubilog:20170430124718j:plain

昨年の夏のことである。

 

九州好きなやつとりあえず集まっとけみたいなイベント「九州オフサイトミーティング」が,福岡で開催された。

その場でメインイベントとして行われたのが,能古島を舞台にした映画「夏休みの巨匠」の上映会であった。

 

映画は地元の魅力たっぷりオール福岡ロケ,自身の子供時代が懐かしくなるようなストーリー,脇を固める豪華な俳優陣と,非常に楽しめた内容であった。

 

くわえてその日は,主演を勤めた野上くんと監督である「中島良」さんのトークショー+懇親会参加ということもあり,よく考えたら非常にぜいたくな内容だった。

しかし,その時の僕は,懇親会がはじまるやいなや目の前のビールをぐびぐびと飲みまくり,お二人とは全く話す機会もなく酔っぱらってしまった。

 

 

三ヶ月前のことである。

 

九州オフサイトミーティングで夏休みの巨匠の上映をセッティングした先輩が,西新ではしご酒をするという企画に誘ってくれた。

 

集合場所で待っていると,なんと,あの監督である中島さんが現れたではないか。

 

どうやら,近くに住んでいるとのことで先輩が誘ったらしい。

映画監督なんてこれまで話したことも,酒坏をともにしたことももちろんなかったが,お話してみるとととも気さくな方であった。

しかし,その日の僕は,結局4軒はしごするなかでビールに日本酒,焼酎をがぶがぶと,座ったり立ったりしながら飲んだおかげで,何を話したかすっかり忘れてしまった。

 

 

一ヶ月後の平成29年7月1日(土)のことである。

 

映画「夏休みの巨匠」のDVD化を記念してか,中島監督の作品の上映会が福岡市総合図書館「シネラ」で行われることになった。

上映されるのは,日本でも多くの賞を受賞,海外の映画祭でも招待上映された監督のデビュー作「俺達の世界」。

もう一つ。パラグライダーに打ち込む青年と女子高生の青春ストーリー「RISE UP ライズアップ」。

この2作品を,1日でそれぞれ600円ずつで見せてくれるらしい。

しかも,今回もトークショー付きらしい。

 

インターネットを叩けば,ほとんどのことの大まかな情報は簡単につかむことができる。

中島監督のこともwikipediaに載っているし,いくつかのインタビュー記録だって読むことができる。

でも,本当に知りたいのなら,本心を知りたいのなら,作品を見るのが一番である。

そこには,意識上のものは当然のこと,無意識下の目的・志向・テーマ・ルールといった様々なものが反映・・・その人自身が投影されている。

もちろん,目の前で本人が語る言葉も重要である。

 

ということで,7月1日は監督「中島良」を知るにはまたとない機会である。

 

「中島良を知っているか」

7月1日の夜,僕もきっとその問いに答えられるようになっているはずである。

トークショーの終了したあと西新で飲み歩いていなければ,という条件付きだけれど。

 

 

この機会に,夏休みの巨匠を機に福岡に移住されてきた中島監督を,一緒に知りませんか?

 

公式facebook 

シネラ特別上映会「映画監督 中島良の世界」

https://www.facebook.com/ryo.nakajima.cinema/

【延岡妄想日記】宮崎日向夏ラガー

「こっちこっち」

振り返ると懐かしい顔があった。

「久しぶり。元気してん?」

「うん。ぼちぼちね。俺たち二人で終わり?」

「いや,まだやけど,もうはじまるっぽいで」

 

当たりを見回す。

知っている顔の方が少なかった。

「天気も良くて,よかったなあ」

友人につられ空を見上げる。

春の訪れをすぐそばに感じる,空の青さ。

寒さも,1ヶ月前に比べればずいぶんと和らいできている。

それに,ここはもともと温かい。

博多から羽織ってきたコートも不要だった。

 

「もうどんぐらい立つ?」

「5年?」

「5年かあ。あっという間やねんなあ」

「1年が早いもんね」

「大学4年間は長かった気ぃするけど,社会人になったら・・・あ,わりぃ。ちょっと待っててな」

友人はスマホを取り出し,隅っこの方へと隠れていった。

 

会場に入ると,はじまりの時間までまだあるらしく,周りはざわついていた。

スーツ姿の男性陣。

れいに着飾った若い女性たち。

緊張した面持ちの親族。

走り回るフリフリの子どもたち。

真っ白な空間。

汚れのない真っ赤なじゅうたん。

神々しいステンドグラス。

 

みんな,この日を楽しみにしている。

心から祝福している。



僕は・・・?



禿あがった神父の前に立つ男性の顔を見ていた。

「あいつ,ニヤついてんで」

確かに,緊張しているからなのか,単に幸せなのか口元が緩んでいた。

式の邪魔にならないよう,ほそぼそとした声で会話する。

「変わらないな」

「そうやな。あいつ,いっつも笑ってばっかやったもんな」

白いスーツには収まりそうにない,精悍な体つき。

凛々しさがあふれていて,人懐っこい笑顔。

僕とは正反対だ。

「あいつになら,しょうがないよな」

友人がわざとらしくため息をつく。

意外な言葉に,ドキリとした。

「・・・狙ってた?」

さらに小さい声で尋ねてみる。

「いや,せやなくて。あいつくらいイケてるやつやないと,もったいないと思って」

「だね」

考えずとも即答した。

よかったのかもしれない。知らない人間と一緒になるくらいなら。

 

「新婦ノ入場デス」

カタコトのニホンゴに促され,背後のドアが勢い良く開いた。

会場内に鳴り響く,気高くも厳かな音色とリズム。

自分の位置からは見えなかったが,一呼吸置いてから2人の人物が進んでくる気配がした。

一歩,一歩と進むうちに,徐々に輪郭が見えてきた。

真横に並んだとき,横顔が見えた。

純白のレースの向こうに,ほんのりと浮かぶ顔。

あの頃と変わらない。

いや,もっときれいになった?

僕の視線には気づかず,まっすぐ前へとゆっくりと向かっていく。

 

父親から渡された手を新郎がしっかりと受け取る。

二人で神に向かう後ろ姿は,神聖で,とても手が届きそうになかった。

 

神々しい賛美歌に囲まれて,

聖なる一節とともに神に祈りが捧げられる。

永遠の愛が誓われて,

形となって各々の薬指に留まる。

 

純白のベールが取り払われる。

ぼやっとしていた顔は,今はっきりと見える。

あの頃より,より艶々と,きれいになっていた。

見とれていた場面で,かわされる契り。

神父の声,割れるような拍手,祝福の歌声と音楽。

聴こえているようでいて,全く現実感がなかった。



青空の下,式場から階段が下へと続いていて,その上をじゅうたんが延びていた。挟むようにして大勢の招待客。僕も友人と二人混じって並んでいた。

「きれいやったな」

「そうやね」

「あんげな美人,そんなおらんで」

「そうやね」

「それでいて,ノリいいし元気やもんなあ」

「そうやね」

「お前,聞いてんのか?」

「聞いてるよ」

 

実際は,半分聞き流していた。

「関西なら,もっとおるんやない?モテそうやけど」

「いや,九州の方が美人多いわ。博多で降りたとき全然・・・あ,わりい」

友人は再びスマホを手に取り,列を離れていった。

 

大学を卒業して,5年。

仲が良かった五人も,卒業と同時にバラバラとなった。

僕は福岡へ,友人は関西へと就職した。

一方,新郎と新婦,あともう一人の女友達は地元に残った。

卒業後も夏休みと年末,半年に一回はみんなで集まっていた。

住むところも仕事も違うけれど,

あの頃と同じように,バカをしては笑いあっていた。

半年前に突然,二人から連絡があるまでは。

 

「わりいわりい」

言葉の割には悪びれもせず,友人が列に戻ってきた。

「さっきから,なんなの?」

「あー,そうやなー,彼女・・・みたいなもんやな」

「彼女みたいって?」

「まー,細かいことは気にすんな」

「モテるやつは違うねえ」

「せや,ほんと困るって・・・あっ来たで」

 

式場の扉が開け放たれると,いたるところから歓声があがった。

空へ伸び伸びと飛んでいく,色とりどりの風船達。

降りてくる若き夫婦の上を,順々に祝福の花びらが舞う。

二人は,沿道に並ぶ列席者へ一人ずつ声をかけながらゆっくりと降りてきた。

「よし,今や!」

友人と僕は,掌の花びらを新郎に放り投げた。というより投げつけた。

「痛て!お前ら祝う気ねえだろ!」

ハハハと,周りからも笑い声が舞った。

「二人とも,遠いところありがとう」

「来ないわけないやん」

「まさかと思ってたけど,ほんまおめでとさんやな」

「一番最初で,しかも仲間内ですんません」

「ほんとやね」

「しかも順番ちゃうし」

「それもすんません」

「積もる話は2次会で」

「三次会の間違いちゃう? 今夜は長いで」

「まあ,後でね」

新郎は一段下がり,一段下の参列者と話を始めた。

 

向こう側で話をしていた新婦が,こちらに向き直った。

「今日は,二人ともきてくれてありがとう」

久しぶりに間近でみた笑顔だった。

「おめでとうな。結婚も。お子さんも」

「へへっ。ちょっと順番間違えちゃった」

人によっては際どい友人の言葉にも,新婦はさらりと返した。

「まあ,両親もみんなのこと含めて知っちょったから,そんげ問題なかったかな」

「そんなもんなんや」

「・・・どうしたの?」

「ああ,いや,なんかまたきれいになったな・・・と思って」

新婦の顔に見とれていたので,そのまんま心の声が出てしまった。

「そう? やっぱり幸せになったから?」

「はいはいごちそうさまです」

「ふふ。また,後でね」

 

 

「披露宴の開場は30分後の5時からですので,ご来賓の皆様はこちらでお待ち下さい」

セレモニーを終えた参列者は,それぞれご祝儀を受付に渡したり,久しぶりの再開に話をはずませたりしていた。

「お前,好きやったん?」

向かい合うソファに腰掛けていた友人がぼそっと問いかけてくる。

なんて答えようか,迷っていた。

「ふ~ん。ま,ムリもないけどな。」

天井を見つめたまま,何も答えなかった。

「でも,二人とも。よかったと思うで。似た者同士やったし。うまく釣り合いが取れてるんやろうな」

「・・・そうなんよね」

ふうと息をつく。胸がすこしだけ痛い。

 

甘さも酸っぱさも与えてくれる天真爛漫な彼女には,太陽のような彼が似合うことはわかっている。

僕のように,どちらかといえばおとなしくて,人によっては重そうに見える人間にとって,二人はまぶしかった。

だからこそ,彼女のことも,彼のことも,そして二人のことがうらやましかった。

でも,とっくにわかっていたこと。もうとうに終わったことなのだ。

  

 

「どうぞ」

女性のウエイターが,飲み物を乗せたプレートを持ってきた。

「じゃあ・・・これで」

友人が黄色のグラスを2つ手に取り,1つをよこしてきた。

「まあ,飲もうや」

カン。

心地よい音を合図に,二人ともグラスを傾けた。

 

グラスから,日向夏のフルーティーな薫りが鼻を通り抜けていった。

口に含むと,さっぱりとした爽やかな酸味に溶けていくような気分。

もともとのラガーの酸味と喧嘩せず,邪魔しない。むしろ調和して新しいビールの芽生えを感じさせる。

甘酸っぱい想い出。

 

 

そんな気持ちにさせてくれる宮崎ひでじビール

 

f:id:boubilog:20170304184429j:plain

「うわー,これうまいわ」

友人が大声ではしゃいでいた。

「もう一杯・・・って,またかよ!」

グラスをどんとテーブルに置き,友人はスマホを手に取ってソファを立ちあがり遠くへと出かけていった。

僕は,手に取った空のグラスをぼーっと見つめながら,余韻に浸っていた。

 

「ちょっといい?」

返事する間もなく,友人が座っていた席にどんと人が座った気がした。

顔を上げると,なじみのある黒髪。

「いま来たの?」

「そう。電車が間に合わなくて」

前に垂れ下がった長い髪を,細い右腕でさっと後ろへと流す。

「電車? いまどこ住んでるの?」

「福岡よ。転職したの。言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ」

「お姉さん,私も」

そう言って,彼女も黄色のグラスを手に取った。

抑えつつもピンクや緑といった華やかな格好をした女性たちが多い中,彼女は上から下まで漆黒の様相だった。暗闇に浮かぶのは,首元の銀色に輝く月のペンダント。

真っ黒の礼服に包まれた僕と向かい合っていると,他人からはここだけ空間が違って見えるだろう。

ビールを一気に飲み干し,空いたグラスをトンとテーブルに置いた。

「あら。これ美味しい」

「口元に泡がついてるよ」

「いいのよ。どうせまた汚れるんだし」

なんなんだ,その言い草は。

呆れながら彼女を見つめる。

端正な顔立ちに,整った眉ときりっとした眼。傍目から見れば綺麗な部類の方とは思うが,いかんせん口が悪い。

それにスラッとした長い足も無造作に組んでいて,行儀悪い。

新婦とは真逆だ。

「何よ。なんか文句ある?」

「何も」

「何かあるから言ってるんでしょ」

「何もないよ」

「あらあらお二人さん。いつものように仲がよろしいようで」

 

電話が終わったのだろう。友人が帰ってきた。

なぜかニコニコしている。

「仲がいいって・・・女性としてのマナーを指摘してあげただけだよ」

「マナー? どこが」

「まあまあ。せっかく久しぶりに会ったんやし」

座る二人の顔を,交互に見つめてくる。

「そうや。ちょっと質問があるんやけど」

「何?」

「結婚相手に求めるものを3つ,あげてーな」

「なにそれ?」

「いいからいいから」

「私は・・・優しくて,包容力があって,カッコいいことかな」

「僕は・・・一緒にいて楽しくて,笑顔がよくて,自立してることかな」

「では,4つめを言うてみて」

「4つめ?」

「そう。二人同時で言うてな。じゃあ,せーの」

 

『遠慮しないでいられる』

言葉が,一文字も違わず重なった。

彼女と目がまっすぐ合った。

彼女も驚いているようだった。

 

「ほうほう。そうなんやそうなんや」

友人がニヤついている。

「何なのこれ?」

彼女が問いかける。

「知りたい?」

二人で頷く。

 

 

「恋人に本当に一番求めるもの」

友人は振り返って去っていく。

顔を彼女の方へと向ける。

 

いつも,そういつも澄ましていて決して崩さない表情が,斜めになり,ほんのり赤くなっていた気がした。

ドクン。

久しぶりに聞いた,心臓の音。

 

 

「会場の準備ができました。皆様どうぞお入りください」

延岡の熱く長い夜が,今はじまる。

 

<終>

【延岡妄想日記】スタウト

とくとくとグラスに注ぎこむ液体を眺める。ビールと聞いて思い浮かべる色としては似つかわしくないけれど,それ相応の色をしていた。

 

ひとくち飲みこんでみると,燻られた香ばしい香り。

 

月のダークラガーも同じような味わいだが,ラガーに比べずっしり・ねっとりと重くのしかかるのがスタウトビール(と思っている。)。

 

コーヒーをブラックで飲んでいるようでいて,後味に黒糖の甘さがすっとくる。最後は若干の苦味。

今でこそ黒ビールを楽しめるようになったが,若い時はこの重さ,大人の味になかなか慣れなかった。

 

今でも,コーヒーはブラックでは飲まない。

私のことを知っている人は,打ち合わせのとき確認しなくともミルクと砂糖を添えてくれる。

基本的に,甘党なのだ。



十数年前。

職場の給湯室をのぞくと,あさっての方向を見ながら,小さめの可愛らしいカップにブラックコーヒーを飲んでいる人がいた。

 

仕事上の最初の先輩である。

大学を卒業してすぐの私にとって,リーゼントにダブルのスーツを着こなしタバコを悠々と吸う隣の席の先輩の姿は,同じ職業人として衝撃だった。

外見のとおり,怒鳴り散らす人や,しつこいクレーマー,いかつい格好の方々に対しても,全く動じず,淡々と対応していた。

 

一方,面倒見がいいのか,普段から若手の僕達をかわいがってくれていたし,よく中洲に誘ってくれた。

中洲といえば,色欲あふれる街であり,金曜の真夜中に外を歩けば泥酔客かタクシーにしかぶつからないといった光景だった。

僕達もその環境にどっぷりとつかり,タクシーに放り込まれて帰されるまで飲みまくる生活を送っていたのだが,先輩は全く飲まなかった。

というよりも体質で飲めなかった。

代わりにコーヒーをブラックで飲みながらタバコに火を灯し,アホなことばっかり喋って騒いでいる僕達を,目を細くしながら笑って見守ってくれていた。

 

そんな先輩を見て,これが「大人」なんだなあと,なんとなく感じていた。

 

あれから,十数年。

年齢を重ね,仕事を積み,家庭を持つことで,少しずつだが「大人」の階段を登っていると思いたくもなるが,実際のところはどうだろう。

まだ,先輩の歳には追いつけていないが,追い越す時には先輩のような「大人」になれているだろうか。

 

いや,追い越すことなんてもうできない。

先輩はまさかという年齢で遠くへと旅立ってしまった。



今の職場でミルクが切れていたりすると,しょうがないのでブラックでコーヒーを飲むことがある。

すすっと喉元に流しこんでみるもののやっぱり苦く,好んで飲もうとは思わない。

一方で,時間外に出てくる冷えたスタウトビールは,日中の,一週間の疲れをズドンと吹き飛ばしてくれる飲み物となった。



空になったグラスにもう一度注ぎこむ。

注がれた液体は,あの日給湯室で見たコーヒーの色そっくりのようだ。

懐かしさがあふれては,苦味に溶けていった。

 

そんな気持ちにさせてくれる宮崎ひでじビール

f:id:boubilog:20170225182420j:plain

【延岡妄想日記】万感〜熊本YELL〜

これまで,飲んだ時に広がるインスピレーションをありのままに書いてきたのだけれど,これは違った。

 

書けないのか。

 

いや,違う。

 

書きたくないのか。

 

それも,違う。

 

書く必要がない。



「万感」

 

熊本を通るたび,復興の道のりは遠いと感じてしまう。

 

そこで暮らす人々の思いを,ひとつぶ一粒すくってみれば,どんなものか。

 

強いシャープな喉越しに続く柔らかな酸味と,残る苦味。

 

細々な泡の中に混じって浮かんでくるのは晩柑(ばんかん)の粒たち。



ビールの味わいを,過不足なく正確無比に表現する名前。

 

ネーミングセンスに,驚きを通り越して嫉妬すら覚える。

 

そんな個人の感情は放っておいて,このビールの願う思いを,多くの人に感じてほしい。

 

そんな気持ちにさせてくれる宮崎ひでじビール

f:id:boubilog:20170218192738j:plain