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ZIG ZAG WALK

おもしろきことは,よきことなり。

実践行動分析学「朝の準備」(5/5)

行動分析学

結局,朝の準備は,準備自体を競い合うことが子どもの遊びとなって解決した。

あることで着替えをさらに好子化することができた。

朝のテレビ戦隊もので「特急ジャー」というものがある。そのヒーローたちは,トッキュウ1号,トッキュウ2号・・・と呼ぶそうだ。

子どもは特急ジャーでもトッキュウ1号が好きなようで,何かのポーズをしながらトッキュウ1号と叫んでいる。

そこで,着替えの際に「着替えが1番の人がトッキュウ1号ね」と提案をしたところ,「1号がいい」と言ってきた。「じゃあ早く着替えないと」というと,駆け足でトイレに向かっていったのだ。

ということで,朝の準備の際に怒ることは「ほとんど」なくなった。

「ほとんど」としたのは,「わくわくキャラバンが始まる」と,競争していても着替えのスピードが遅くなってしまうからだ。行動の随伴性は複雑で,1つの行動にはいくつもの好子や嫌子が絡んでいる。

それでも以前に比べて「子どもが言うことをきかない,だから怒る」ということは格段に減ったのは事実である。人が自分の子どもに対して怒るのは,アンガーマネジメントの考え方から言うと「子どもは〇〇すべき(という自分の中のルール)に反して,〇〇しない。できて当たり前(と自分が思っていることを)できていない。それが理に適っていない。おかしい。」と無意識的に感じてしまうからだ。

行動分析学は人の能力や意識ではなく「行動」に焦点を当てる考え方である。この考え方に立てば,子ども何らかの行動を習慣化することができないのは,本人の気持ちや能力に問題があるのではなく(ただし,そもそもやり方を知らないという場合は,まず教える必要がある。),その行動が好子により強化されていないか,または嫌子により弱化されているかということに帰結する。そこで行動を観察・分析し,有効そうな介入を行っていく。

そこには子どもを「怒る」必要がない(なお,「怒ってはいけない」ということを言っているわけではない。「怒る」ことも嫌子として威力を発揮し,それが必要な場面もあると思う。)。

人は変わることができる,ということを実感している。「行動」で何か問題がある場合は,行動分析学の考え方で考えてみるのも有効だと思うこの頃だ。