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ZIG ZAG WALK

おもしろきことは,よきことなり。

【私的福岡】やがて2人は「うまい」としか言わなくなった。

私的福岡

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「>あの件でそろそろお礼をしたいんだけど、何が食べたい?

  そうですね、春吉の○○でお願いします。             」

 

メールの返信にはこんな具合に書かれてあった。

食べ物の種類を尋ねたつもりが、特定の店の名前が書かれてあった。

知らない店だ。

名前からすると高そうな感じがするが、お礼なんだし仕方がない。

 

社内の別の部署にいる後輩(男性)に仕事上お世話になったので、お礼に飲みにつれていくことにしていた。

他の部署の力を借りなければどうしようもない案件だったが、趣味のフットサルを通じて知っていた後輩がたまたまその部署にいてくれたおかげで、とりあえずなんとかなったところだった。

 

後輩と二人で飲みに行くのは初めてだった。

続くメールには「ホッピー5杯でお願いします。」と書いてあったので、あまり飲めないのだろうと思い、食事だけでも後輩が希望するものをと思っていた。

若い頃は,どれだけ安く飲めるか,多く食べられるかを基準に店を探していた。

最近は,価格よりも料理や酒のおいしさを求めたいし,店のいい雰囲気を味わいたいと思うようになった。

親しい友人と楽しく時間を過ごせるような店,大切な人の期待を裏切らずにもてなすことができるような店。

そんな店に行ってみたい,知っておきたいと思うようになった。

もちろん,懐事情は暖かくなったわけではない。

「ちょっといい店」に行きたいのだ。

 

告げられた店名について、google先生に尋ねてみる。

回答を見てみるも、やっぱり知らない店だ。

だが、場所には見覚えがあった。

あのうどん屋の2階だった。

国体道路を通って天神に向かったことがある人なら誰でも知っているだろう、あのうどん屋の2階である。

立地としては天神南駅からすぐのところである。帰りも楽だ。

「OK。じゃあ6時30分に玄関前に集合でお願いします。」

そう返事を書いた。

 

「遅くなってすみません」

数日後。

5分くらい遅れて後輩はやってきた。

「じゃあ行きますか」

10月に入り暗くなるのが早くなっていた。雨上がりの天神の空は、どんよりと重い。

目的地は会社から5分くらいのところにある。

国体道路沿いの向かい側の横断歩道までやってくると、1階にあるうどん屋の黄色い看板が目に入った。

深夜遅くまでやっているようだが、機会がなくて実のところ今まで一度も利用したことがない。

 

うどん屋の裏手にある入口に到着する。

「どうぞ」

「いや、どうぞ」

「そうは言わずに、どうぞどうぞ」

上島さんが登場しないくらいに譲り合って階段を登る。

上がり終えると、広いとはいえない三角地に、手前2人がけ4人がけのテーブル席が1席ずつ、奥の厨房の手前にカウンターが5、6席あった。

手前の2人がけのテーブルに向かい合って座る。

「いらっしゃいませ」

女性の店員がおしぼりを2つ持ってやってきた。

「とりあえず生で」

決まり文句をいいながらおしぼりを受け取った。

 

一息ついて、傍らに置いてあるメニュー表を見ようとした。

「ここ、料理がむっちゃうまいんですよ」

「ほうほう」

「本当に、うまいんですよ」

しっかりとした口調で後輩は言った。

そこまで言われると期待というものは膨らむものである。

「へー、そうなんだ。今日は、何でも好きなものを食べていいよ」

そう言って後輩にメニュー表を渡した。

「じゃあ、ぜひ食べてもらいたいものを頼みますね」

生ビールが2つ、運ばれてきた。

「すみません。肉の3種盛りと、ハツ塩焼きお願いします」

 

注文してからしばらくは、仕事の話や、プライベートな話、入社する前の話と思いつくままに語らっていた。

自分より10歳近く年下だが、話を聞いていると、その頃の自分と比べてもしっかりしてるなと感心する。

入社の動機もおぼろげで将来の展望もぼやけている自分にとって、明確な志望と形のある目標をもつ後輩は、目をそらしたくなるくらい眩しい。

そしてまた、自分と比較をするくらい年をとったことに気づかされる。10年も経てば、見映えと建前だけは立派なおじさんだ。

 

しばらくして、初めにやってきたのはハツ塩焼きだった。

「食べてみてください」

出されたとたん、後輩に促される。

「それでは・・・」

箸にとり口に運ぶ。

想像してたよりも柔らかい肉厚と、染み出てくる肉の旨み。

うまい。

「これうまいんですよ」

確かにうまい。

 

続いて登場してきたのは、3種類の赤みがかった肉の塊だった。

「きなこ豚と、地鶏のタタキ、牛肩ロースになります」

どれも、新鮮そうな食感を醸し出している。

「さーさーどうぞ」

またもや後輩に促され、箸を運ぶ。

まずはきなこ豚から。

確かにうまい。

続いて地鶏のタタキ。

普通にうまい。

最後に、牛肩ロース。

ビールによくあう。うまい。

 

量で考えると、リーズナブルとはいえない。

しかし、量を上回る質が、そこにはあった。

「確かにうまいなあ」

「うまいんですよ」

「酒は次、どうします?」

「そうだなあ・・・」

「ここ、大将が屋久島出身なんで、屋久島の焼酎がたくさん置いてるんです」

一呼吸置いて、

「うまいんです」

なんだか後輩がお店の店員か、家電量販店の営業に見えてきた。

「三岳の前割りとかどうですか」

メニュー表を指さして誘導してくる。

「前割りってのは、飲む前に水で割るのではなくて、あらかじめ割って寝かせておくんです。それで飲み口がまろやかになるんですよ」

「ほうほう」

「でも、先輩は原酒ですかね」

「いやいや、今日月曜日だし明日もあるから、軽めがいいよ」

差し出されたメニュー表を一通り眺めてみる。

「飲みやすいって書いてあるから、まずは「水の森」で」

「すみません!水の森と前割り1杯ずつお願いします!」

後輩が飲めないというのは勝手な思い込みだったようだ。

 

「ぜひ食べてもらいたいものがあるんです」

後輩は、ご飯のページを開いた。

穴子の釜飯。うまいんですよ」

頭の中で想像してみる。

「そのまま食べたあと、出汁を入れてお茶漬けで食べるともっとうまいんですよ」

頭の中のお椀に出汁を入れてみる。

「そうだな。じゃあそれ頼もう」

「すみません!穴子の釜飯お願いします!」

後輩はこの店が相当お気に入りのようだ。

もう、後輩が通販のテレビ番組の司会者にしか見えなくなっていた。

 

「釜飯は時間がかかるので、他に何か食べます?」

「そうやねー。なんにしようか?」

「うまいものがあるんです」

「もう、何でも頼んでいいよ」

「さつま揚げと南蛮漬けお願いします!」

 

釜飯より前に、揚げたてのさつま揚げが運ばれてきた。

屋久島の焼酎を飲みながら、お互い1つずつつまむ。

「うまいなあ」

「そうでしょ。ほんと、うまいんですよ」

甘そうな南蛮漬けが運ばれてきた。

飲みやすいまろやかな焼酎のアテに、交互にひとかたまりずつついばむ。

「うまいなあ」

「うまいんですよ。すみません。前割りもう1杯!」

「あ、私の分もお願いします!」

 

何度、「うまい」と言っただろう。

酔いもいい感じに回ってきた頃、穴子の釜飯がやってきた。

後輩は、慣れた手つきでしゃもじを練り回す。

「どうぞ。これうまいんですよ」

米粒と穴子と甘いタレ。

飲んで塩分を求める体にはたまらなかった。

「出汁を入れたら、またうまいんですよ」

言われたとおりにお椀に出汁を注ぎ込む。

すすっとすすると、思った以上に喉へと吸い込まれていく。

「うまいなあ」

「うまいんですよ」

 

あっというまに2時間は過ぎていった。

「いやー本当にうまかったよ」

「そうでしょ。ぜひ食べもらいたかったんです」

「ここなら、人を食べにつれてきたいし、人に紹介したいなあ」

「ぜひ今後も食べに来てください」

最後の台詞は、後輩だったか、大将だったか・・・。

 

階段を降りて1階へと降りる。

10月の夜なのに、飲んでることを差し引いても暖かい。

1階のうどん屋はもちろん営業していた。

「またよろしくお願いします」

大将に見送られ2人で駅へと向かう。

「おごってもらってすみません」

思った以上の出費だったが、それ以上の美味しさと楽しさを味わうことができた。

「今日来てよかったよ」

「また来月来ません?今日は肉を味わってもらいましたが、魚もうまいんですよ」

「そうやね。また来よう」

 

さつま揚げも南蛮漬けも穴子も魚だろ。

突っ込むことを忘れるくらい、いい気分で帰途に着いた。

 

いつもの大衆居酒屋の時間,肉,魚ではなく,ちょっといいモノを親しい人と,大切な人と,特別な時間を過ごしたい方。

屋久島のまろやかな焼酎を堪能したい方。

屋久杉のテーブルで談笑したい方。

いい店に連れてきてもらってありがとうと言われたい方。

 

弥太郎うどんの上にある博多華吉を、一度訪れてはいかがですか?

「うまい」が飛びかうかどうかは、ご自身の舌でお試しあれ。

 

https://m.facebook.com/漁師の花料理-博多華吉-772634982883168/