ZIG ZAG WALK

おもしろきことは,よきことなり。

【延岡妄想日記】宮崎日向夏ラガー

「こっちこっち」

振り返ると懐かしい顔があった。

「久しぶり。元気してん?」

「うん。ぼちぼちね。俺たち二人で終わり?」

「いや,まだやけど,もうはじまるっぽいで」

 

当たりを見回す。

知っている顔の方が少なかった。

「天気も良くて,よかったなあ」

友人につられ空を見上げる。

春の訪れをすぐそばに感じる,空の青さ。

寒さも,1ヶ月前に比べればずいぶんと和らいできている。

それに,ここはもともと温かい。

博多から羽織ってきたコートも不要だった。

 

「もうどんぐらい立つ?」

「5年?」

「5年かあ。あっという間やねんなあ」

「1年が早いもんね」

「大学4年間は長かった気ぃするけど,社会人になったら・・・あ,わりぃ。ちょっと待っててな」

友人はスマホを取り出し,隅っこの方へと隠れていった。

 

会場に入ると,はじまりの時間までまだあるらしく,周りはざわついていた。

スーツ姿の男性陣。

れいに着飾った若い女性たち。

緊張した面持ちの親族。

走り回るフリフリの子どもたち。

真っ白な空間。

汚れのない真っ赤なじゅうたん。

神々しいステンドグラス。

 

みんな,この日を楽しみにしている。

心から祝福している。



僕は・・・?



禿あがった神父の前に立つ男性の顔を見ていた。

「あいつ,ニヤついてんで」

確かに,緊張しているからなのか,単に幸せなのか口元が緩んでいた。

式の邪魔にならないよう,ほそぼそとした声で会話する。

「変わらないな」

「そうやな。あいつ,いっつも笑ってばっかやったもんな」

白いスーツには収まりそうにない,精悍な体つき。

凛々しさがあふれていて,人懐っこい笑顔。

僕とは正反対だ。

「あいつになら,しょうがないよな」

友人がわざとらしくため息をつく。

意外な言葉に,ドキリとした。

「・・・狙ってた?」

さらに小さい声で尋ねてみる。

「いや,せやなくて。あいつくらいイケてるやつやないと,もったいないと思って」

「だね」

考えずとも即答した。

よかったのかもしれない。知らない人間と一緒になるくらいなら。

 

「新婦ノ入場デス」

カタコトのニホンゴに促され,背後のドアが勢い良く開いた。

会場内に鳴り響く,気高くも厳かな音色とリズム。

自分の位置からは見えなかったが,一呼吸置いてから2人の人物が進んでくる気配がした。

一歩,一歩と進むうちに,徐々に輪郭が見えてきた。

真横に並んだとき,横顔が見えた。

純白のレースの向こうに,ほんのりと浮かぶ顔。

あの頃と変わらない。

いや,もっときれいになった?

僕の視線には気づかず,まっすぐ前へとゆっくりと向かっていく。

 

父親から渡された手を新郎がしっかりと受け取る。

二人で神に向かう後ろ姿は,神聖で,とても手が届きそうになかった。

 

神々しい賛美歌に囲まれて,

聖なる一節とともに神に祈りが捧げられる。

永遠の愛が誓われて,

形となって各々の薬指に留まる。

 

純白のベールが取り払われる。

ぼやっとしていた顔は,今はっきりと見える。

あの頃より,より艶々と,きれいになっていた。

見とれていた場面で,かわされる契り。

神父の声,割れるような拍手,祝福の歌声と音楽。

聴こえているようでいて,全く現実感がなかった。



青空の下,式場から階段が下へと続いていて,その上をじゅうたんが延びていた。挟むようにして大勢の招待客。僕も友人と二人混じって並んでいた。

「きれいやったな」

「そうやね」

「あんげな美人,そんなおらんで」

「そうやね」

「それでいて,ノリいいし元気やもんなあ」

「そうやね」

「お前,聞いてんのか?」

「聞いてるよ」

 

実際は,半分聞き流していた。

「関西なら,もっとおるんやない?モテそうやけど」

「いや,九州の方が美人多いわ。博多で降りたとき全然・・・あ,わりい」

友人は再びスマホを手に取り,列を離れていった。

 

大学を卒業して,5年。

仲が良かった五人も,卒業と同時にバラバラとなった。

僕は福岡へ,友人は関西へと就職した。

一方,新郎と新婦,あともう一人の女友達は地元に残った。

卒業後も夏休みと年末,半年に一回はみんなで集まっていた。

住むところも仕事も違うけれど,

あの頃と同じように,バカをしては笑いあっていた。

半年前に突然,二人から連絡があるまでは。

 

「わりいわりい」

言葉の割には悪びれもせず,友人が列に戻ってきた。

「さっきから,なんなの?」

「あー,そうやなー,彼女・・・みたいなもんやな」

「彼女みたいって?」

「まー,細かいことは気にすんな」

「モテるやつは違うねえ」

「せや,ほんと困るって・・・あっ来たで」

 

式場の扉が開け放たれると,いたるところから歓声があがった。

空へ伸び伸びと飛んでいく,色とりどりの風船達。

降りてくる若き夫婦の上を,順々に祝福の花びらが舞う。

二人は,沿道に並ぶ列席者へ一人ずつ声をかけながらゆっくりと降りてきた。

「よし,今や!」

友人と僕は,掌の花びらを新郎に放り投げた。というより投げつけた。

「痛て!お前ら祝う気ねえだろ!」

ハハハと,周りからも笑い声が舞った。

「二人とも,遠いところありがとう」

「来ないわけないやん」

「まさかと思ってたけど,ほんまおめでとさんやな」

「一番最初で,しかも仲間内ですんません」

「ほんとやね」

「しかも順番ちゃうし」

「それもすんません」

「積もる話は2次会で」

「三次会の間違いちゃう? 今夜は長いで」

「まあ,後でね」

新郎は一段下がり,一段下の参列者と話を始めた。

 

向こう側で話をしていた新婦が,こちらに向き直った。

「今日は,二人ともきてくれてありがとう」

久しぶりに間近でみた笑顔だった。

「おめでとうな。結婚も。お子さんも」

「へへっ。ちょっと順番間違えちゃった」

人によっては際どい友人の言葉にも,新婦はさらりと返した。

「まあ,両親もみんなのこと含めて知っちょったから,そんげ問題なかったかな」

「そんなもんなんや」

「・・・どうしたの?」

「ああ,いや,なんかまたきれいになったな・・・と思って」

新婦の顔に見とれていたので,そのまんま心の声が出てしまった。

「そう? やっぱり幸せになったから?」

「はいはいごちそうさまです」

「ふふ。また,後でね」

 

 

「披露宴の開場は30分後の5時からですので,ご来賓の皆様はこちらでお待ち下さい」

セレモニーを終えた参列者は,それぞれご祝儀を受付に渡したり,久しぶりの再開に話をはずませたりしていた。

「お前,好きやったん?」

向かい合うソファに腰掛けていた友人がぼそっと問いかけてくる。

なんて答えようか,迷っていた。

「ふ~ん。ま,ムリもないけどな。」

天井を見つめたまま,何も答えなかった。

「でも,二人とも。よかったと思うで。似た者同士やったし。うまく釣り合いが取れてるんやろうな」

「・・・そうなんよね」

ふうと息をつく。胸がすこしだけ痛い。

 

甘さも酸っぱさも与えてくれる天真爛漫な彼女には,太陽のような彼が似合うことはわかっている。

僕のように,どちらかといえばおとなしくて,人によっては重そうに見える人間にとって,二人はまぶしかった。

だからこそ,彼女のことも,彼のことも,そして二人のことがうらやましかった。

でも,とっくにわかっていたこと。もうとうに終わったことなのだ。

  

 

「どうぞ」

女性のウエイターが,飲み物を乗せたプレートを持ってきた。

「じゃあ・・・これで」

友人が黄色のグラスを2つ手に取り,1つをよこしてきた。

「まあ,飲もうや」

カン。

心地よい音を合図に,二人ともグラスを傾けた。

 

グラスから,日向夏のフルーティーな薫りが鼻を通り抜けていった。

口に含むと,さっぱりとした爽やかな酸味に溶けていくような気分。

もともとのラガーの酸味と喧嘩せず,邪魔しない。むしろ調和して新しいビールの芽生えを感じさせる。

甘酸っぱい想い出。

 

 

そんな気持ちにさせてくれる宮崎ひでじビール

 

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「うわー,これうまいわ」

友人が大声ではしゃいでいた。

「もう一杯・・・って,またかよ!」

グラスをどんとテーブルに置き,友人はスマホを手に取ってソファを立ちあがり遠くへと出かけていった。

僕は,手に取った空のグラスをぼーっと見つめながら,余韻に浸っていた。

 

「ちょっといい?」

返事する間もなく,友人が座っていた席にどんと人が座った気がした。

顔を上げると,なじみのある黒髪。

「いま来たの?」

「そう。電車が間に合わなくて」

前に垂れ下がった長い髪を,細い右腕でさっと後ろへと流す。

「電車? いまどこ住んでるの?」

「福岡よ。転職したの。言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ」

「お姉さん,私も」

そう言って,彼女も黄色のグラスを手に取った。

抑えつつもピンクや緑といった華やかな格好をした女性たちが多い中,彼女は上から下まで漆黒の様相だった。暗闇に浮かぶのは,首元の銀色に輝く月のペンダント。

真っ黒の礼服に包まれた僕と向かい合っていると,他人からはここだけ空間が違って見えるだろう。

ビールを一気に飲み干し,空いたグラスをトンとテーブルに置いた。

「あら。これ美味しい」

「口元に泡がついてるよ」

「いいのよ。どうせまた汚れるんだし」

なんなんだ,その言い草は。

呆れながら彼女を見つめる。

端正な顔立ちに,整った眉ときりっとした眼。傍目から見れば綺麗な部類の方とは思うが,いかんせん口が悪い。

それにスラッとした長い足も無造作に組んでいて,行儀悪い。

新婦とは真逆だ。

「何よ。なんか文句ある?」

「何も」

「何かあるから言ってるんでしょ」

「何もないよ」

「あらあらお二人さん。いつものように仲がよろしいようで」

 

電話が終わったのだろう。友人が帰ってきた。

なぜかニコニコしている。

「仲がいいって・・・女性としてのマナーを指摘してあげただけだよ」

「マナー? どこが」

「まあまあ。せっかく久しぶりに会ったんやし」

座る二人の顔を,交互に見つめてくる。

「そうや。ちょっと質問があるんやけど」

「何?」

「結婚相手に求めるものを3つ,あげてーな」

「なにそれ?」

「いいからいいから」

「私は・・・優しくて,包容力があって,カッコいいことかな」

「僕は・・・一緒にいて楽しくて,笑顔がよくて,自立してることかな」

「では,4つめを言うてみて」

「4つめ?」

「そう。二人同時で言うてな。じゃあ,せーの」

 

『遠慮しないでいられる』

言葉が,一文字も違わず重なった。

彼女と目がまっすぐ合った。

彼女も驚いているようだった。

 

「ほうほう。そうなんやそうなんや」

友人がニヤついている。

「何なのこれ?」

彼女が問いかける。

「知りたい?」

二人で頷く。

 

 

「恋人に本当に一番求めるもの」

友人は振り返って去っていく。

顔を彼女の方へと向ける。

 

いつも,そういつも澄ましていて決して崩さない表情が,斜めになり,ほんのり赤くなっていた気がした。

ドクン。

久しぶりに聞いた,心臓の音。

 

 

「会場の準備ができました。皆様どうぞお入りください」

延岡の熱く長い夜が,今はじまる。

 

<終>